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音の散歩道

音楽やオーディオに関連したことを書いています


バイエルン放送合唱団,ドーナス(ヘレン),ファスペンダー(ブリギッテ),ゾーティン(ハンス),ラウベンタール(ルドルフ)(1999-10-22)
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クーベリック、バイエルン放送交響楽団、合唱団によるベートーヴェン:交響曲第9番です。

彼は1914年6月29日プラハ近郊のビホリー(Býchory) に有名なヴァイオリニスト、ヤン・クーベリックの長男として生まれ、プラハ音楽院でヴァイオリン、作曲、指揮を学び、この父の伴奏ピアニストとして各地の演奏旅行に同行した。
1934年に卒業すると、同年チェコ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してデビュー。

1936年にチェコ・フィルの常任指揮者、1939年にブルノの国立歌劇場 (Národní divadlo Brno) の音楽監督に就任。そして1942年にはチェコ・フィルの首席指揮者になりますが、1948年にチェコスロバキア共産党を中心とした政権が成立すると、チェコの共産化に反対したクーベリックは、同年のエディンバラ音楽祭へ参加するために渡英、そのままイギリスへと亡命しました。

1950年から1958年までシカゴ交響楽団、コヴェント・ガーデン王立歌劇場音楽監督を歴任。1961年にはバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任(1979年まで)、この間の1972年から1974年まで、メトロポリタン歌劇場の音楽監督も兼任。

1986年に持病の関節炎、痛風の悪化、また作曲に専念するために指揮者を引退しましたが、1989年にチェコで民主化革命が起きたのを契機に、ハヴェル大統領の強い要請で亡命先のイギリスから帰国し翌1990年の「プラハの春」音楽祭でチェコ・フィルを指揮し、スメタナの『我が祖国』の歴史的名演を行い復活。
チェコ・フィルより終身名誉指揮者の称号を受け、さらに1991年秋にもチェコ・フィルに再登場し、ドヴォルザーク交響曲第9番『新世界より』を指揮。その直後に来日公演も行った。
1996年8月11日にスイスのルツェルンで死去(82歳)。

このアルバムは1982年5月14日 ヘルクレス・ザール ミュンヘンでのLive
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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽